2007/09/11

遠隔手術のゆくえ (2)Trauma Podの表と裏

前回はTATRCの予算が急増しているというお話でした.今回はTATRCの遠隔手術プロジェクトを一つご紹介します.

某有名オーディオプレーヤー
に名前が似ていますが,"Trauma Pod"という「移動式無人手術室」を目指すプロジェクトがあります.これは戦場の負傷兵に応急処置を行う自走式カプセルのようなもので,SRIという企業が中心になって開発しています.
左の構想図をご覧いただいた方がわかりやすいのですが,(1)負傷兵をポッド内に収容する(2)負傷兵を診断し負傷状況を特定する(3)ロボットが応急処置を行う,を全部無人で行うことを目指しています.

このプロジェクトには,2年間で1200万ドル(約15億円)がかけられています.学術振興会の手術ロボットプロジェクトが年間5億円[1],スイスのCASプロジェクトCO-MEが年間10億円[2]ですが,それに匹敵するプロジェクトがTATRCにはごろごろしていることになります.
前回,TATRCの予算が2004年から急に増えていると言いました.今日は奇しくも同時多発テロが発生した日ですが,2003年はイラク戦争が始まった年です.「我が国の戦士がイラクで撃たれても遠隔手術ロボットがすぐに助けますよ」というTrauma Podの完成予想図が,アメリカの納税者の財布のヒモを緩めた事は想像に難くありません.

ここまでは理想論.
では現実に彼らは何をやっているのでしょうか.

これはMMVR2007[3][4]での発表のスライドです.
「実験室内に手術ベッドと複数のロボットがあって,それを隣の部屋から遠隔操作できました.」
というのが現状です.
更によく見ると,左のロボットは普通の白da Vinciですし,右のロボットはScrub Nurse (手術器具を術者に渡す看護士のこと)ロボット,その後ろは手術器具供給器です.類似の研究は日本でも既に行われていますし,技術的には大した進歩とは言えません.これを全部自走式にして,診断機能も追加し,数千キロ先のイラクに置いて遠隔操作するなど,どう考えても容易に達成できそうにないです.
しかし,あの会社のことです.この理想と現実のギャップの裏で数多くの特許やノウハウが蓄積されているはずです.それが医療ロボットや遠隔医療など非軍事医用工学の発展に貢献することは間違いありません.
このTrauma Podプロの中心となるSRI社は,何を隠そう手術ロボットda Vinciを商業化したIntuitive Surgical社を設立した会社です.以前当ブログに書きましたが,Intuitive Surgical社は特許面でも米国のロボット開発の中核をなしており,軍事面というより産業面で米国の国益の一端を担っているといえます.

つまり,TATRCは,テロとの戦いに名を借りた産学軍連携医工学研究戦略なのです.

  1. 未来開拓学術研究推進事業「外科領域を中心とするロボティックシステムの開発」(H11-15)
  2. ただし日本とスイスのGDP比(12.5)をかけると125億円にあたります.すごい!
  3. Pablo E. Garcia. Development of a Trauma Pod System. MMVR (2007). なぜか,proceedingsには載っていません(MMVRはこういう隠れ発表が多い)
  4. CARSやMICCAI,あるいはその他のCAS関係の国際学会に行っても,TATRCの成果を見られることはほとんどありません.MMVR (Medicine Meets Virtual Reality)は毎年1月か2月にロサンゼルス郊外のLong Beachで開催され,遠隔手術や手術シミュレーション,トレーニング,医用画像関係の発表が行われます.このMMVRの初日はTATRC専用になっており,研究成果の発表がまとめて行われます.MMVRは会場に軍人さんが闊歩している異様な雰囲気の学会ですが,こういう事情があるのです.逆にいえば,MMVRが米国以外で開催される可能性は無いと思います.
「遠隔手術のゆくえ」シリーズは,あと2回を予定しています.次回は「標準化」の話です.
その前にアホネタで埋まっちゃうかもしれませんが.

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